• Madoka Nakamaru

2020年を振り返って。


1月。ヒルデブラント・コンソートのニューイヤーコンサート。コンサート後に「明日から癌の治療を始めるのです。髪の毛もすべて抜けてしまうと思うけど、このコンサートに来れて本当に良かった」と天使のような笑顔で話してくれた女性に出会って、なんとも言えない気持ちになった事を今でも覚えている。今、あの方はどうしているだろうか。


1月の下旬から2月の頭にかけて、ルネ・ヤコブス指揮・シューベルトの交響曲プログラムでツアーとレコーディング。ドイツ、フランス、ベルギー、オーストリアとヨーロッパ間をすいすいと旅していたころ。当たり前のように感じていたけど、今はヨーロッパ間の旅は簡単ではなく、大規模のオーケストラもとても難しい。何の心配事もなくこのようなツアーができるのはいつになるんだろうか。


2月末。あと開催日が数日遅かったら確実にキャンセルになっていただろう、日本でのコンサート。→音楽の響かない沈黙の受難節

ベルギーではまだ日常は日常のままで、海の向こう側で厄介な感染症が広がりつつあるそうだ、と少しベルギーの友人らに心配されつつ、マスクをたくさん持って日本に到着した。茅ケ崎公演には佐藤市長がいらしてくださったが、前半が終わった後に退席されたその理由が「コロナに関する緊急会議のため」という事で、事態の深刻さを実感した。それにしてもここまで長引いて、7月と10月の日本でのコンサートも出来なくなるという事は全く予想していなかった!ベルギーに帰ってくると、ビズ(ほっぺたをくっつけてあいさつする)

やハグは推奨されない、という感じで事が始まっていた。

その後3月から8月まで、一つのライブストリーミングを除いて全てのプロジェクトはキャンセルになり、ベルギーでフリーランスを始めて10数年以来、これだけの長い時間全く舞台に立たないという事を始めて経験した。職業柄不規則な時間帯や場所で動くので、自分の生活のリズムは無いものだと思っていたが、舞台に立つというルーティンの上にしっかりと自分の生活が成り立っていたということを実感した。外界からの動きがぴたりと止まった不思議な感覚の中で、何かが動いていた。それは自分の内なる音楽だ。活動が止まっても、その音楽はいつも自分とともにいる。それに耳を傾けつつ、表現しつつ、その意味を考える期間になり、その後・プロジェクト「音楽の花束」が誕生した。→プロジェクト・音楽の花束が生まれたわけ。



9月になり、「コロナ対策をした上で」のコンサートが少しずつ始まった。久しぶりの緊張感をゆっくりと感じながら、音楽を観客の方と共有するという特別な感覚を楽しんだ。開催者の方からは「この大変な時代に、バッハの演奏が心の軟膏となってくれた」と言っていただき、観客の方達の少しでも気晴らしや慰めになってくれれば嬉しいなという気持ちでコンサートを終えた。


10月になってまた事態が悪化し、ロックダウンに逆戻り。オーダーいただいた音楽の花束のプロジェクトもキャンセルに。10月末には、コロナ対策を施されたオーケストラでのレコーディング。休憩時間や食事の時間も規制のせいで同僚とのコミュニケ―ションが取りにくい状態で、いかに音楽家が’「コーヒータイム」の何気ない会話で仲間意識を育てているのかを実感。12月に予定されていた7つのコンサートも、1つはライブストリームとして生き残り、残りはすべてキャンセルに。生き残ったプロジェクトは美しいプログラムで、このような形で2020年を終えることができたことを心から感謝した。クリスマス・コンサートライブストリームのリンクはこちら


世界規模で猛威を振るったコロナ。振り回されて疲れた世界に新たな風が吹き、光が差すような2021年になりますように。お世話になった皆様、支えてくださった皆様に心から感謝いたします。どうぞ良いお年をお迎えください。











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