繊細なシューベルトと向き合う
- Madoka Nakamaru
- 2 日前
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更新日:8 時間前
6月の演奏会に向けて、F. シューベルト (1797-1821)によるピアノとヴァイオリンのためのソナチネを準備しています。古典派とロマン派の間のグレーゾーンに位置し、L. V. ベートーヴェン(1770-1827)というまぎれもない奇才と、F. メンデルスゾーン(1809-1847)という音楽的にも社会的にも輝かしい成功を収めた二人の間で、シューベルトの存在は少し影をひそめがちです。実際に彼の人生を見てみても、その限りない才能は残念ながら社会的に十分には評価されていなかったようです。音楽の世界は得てしてコネクションや運で名声が決まることもあり、彼の曲が生存中には評価されず、後に社会的に名声のあったメンデルスゾーンが指揮したことで有名になったのは、幸いにして皮肉な事とも思えます。

6月に演奏する「ピアノとヴァイオリンのためのソナチネOp.137-1 D384」は、シューベルトが19歳の時に作曲したもの。シューベルトの自筆譜には「ヴァイオリンソナタ」と書かれていますが、シューベルトの死後出版された楽譜には、ソナタのミニチュア版、という意味合いを込めて「ソナチネ」と題されています。
師であったサリエリにはその作曲スタイルが「ハイドンやモーツアルトの真似ではないか」と批判されたと言われますが、私にはシューベルトのどの曲を聴いても、共通する「シューベルトらしさ」を感じます。それは、めまぐるしく変わる長調と短調、または調性の変化で、そのコントラストは決して演技がかっているものでなく、時には大胆にもかかわらず常に繊細なのです。曇り空からすこし陽がさして、それがふっと消えたと思ったら、にわか雨が降り、ふっと止まり…
その天気の変化が、まるで心の奥の繊細なところを表現しているようなのです。
暖かい陽気の中での少し曇ったアクセントが、心をちくっと刺すようです。でも、その刺し方は決してベートーヴェンのようにドラマティックなものではなく…
また、心を打つ歌曲をたくさん作曲したシューベルトだけあって、それがヴァイオリンに作曲されたものであっても、私にはドイツ語が聴こえてきます。
正直なシューベルトの音楽に、どこまで心を開けるか。どこまでその繊細さをヴァイオリンで表現できるか。向き合っています。



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